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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和46年(ネ)51号 判決 1973年4月11日

控訴人

破産者株式会社本田商店

破産管財人

X(仮名)

右補助参加人

西島太郎

外一名

右補助参加人両名訴訟代理人

大橋茹

理由

一、訴外株式会社本田商店(以下「本田商店」と略称する。)が昭和三一年二月九日福井地方裁判所において破産宣告を受け同日控訴人がその破産管財人に選任されたこと、被控訴人が昭和二五年一一月一日、右「本田商店」の取締役に就任(同月一一日その旨の登記を経由)し、以後引続きその地位にあつたこと、右「本田商店」は第四決算期(昭和二六年六月一日乃至同年一一月三〇日)以降毎期欠損が累積する状態にあり、ついに第八期(昭和二九年一二月一日乃至同三〇年一一月三〇日)末に約七〇〇万円近い累積欠損をかかえて倒産したことはいずれも当事者間に争いのないところである。

二、ところで、本訴請求の要旨とするところは、右「本田商店」においては第六決算期以降累積赤字に追われて仕入商店を投売換金して居り、そのため第八決算期において二九七万三一五七円九六銭の純損失を生じた。右は同社代表取締役本田次作の違法不当な業務執行によるものであるが、被控訴人がこれを抑止するため何らの措置をとらなかつたのは取締役としての忠実義務に違反するものである。よつて控訴人は被控訴人に対し商法第二六六条第一項第五号により損害賠償の支払を求める、というにある。

三、そこで右「本田商店」の経営の実態につき考えるに、<証拠>を綜合すると次の各事実を認めることができる。すなわち、右「本田商店」は昭和二四年一二月一日に設立された絹、人絹など各種織物及び各種原糸の売買等を目的とする資本金一〇〇万円の株式会社であつて訴外本田次作が設立以来終始代表取締役の任にあつたこと、右「本田商店」の資本金全額を右本田次作が払込んで居り発行済株式二万株は全部同訴外人に帰属するものであるが、名義上は過半数を同人名義にし、その余は同人の妻など七、八人の名義にしてあつたこと、右「本田商店」では設立以来株主総会や取締役会を一度も開いたことがなく、形式だけの議事録を整えていたこと、右「本田商店」の業務一切は右本田次作が一人で切廻して居たこと、被控訴人並訴外西畑縁雲はいずれも右「本田商店」の債権者の一人であり、右本田次作の依頼により取締役の法定数を充たすため同社取締役に就任したが非常勤で担当業務とてなく、時折被控訴人が本田次作の依頼により同会社に融資した外はほとんど同会社の業務に接したことはなく、株主総会、取締役会に出席したこともないし、役員報酬も受取つていないこと、前出、「本田商店」の換金投売も本田次作が一人で行なつたもので被控訴人並に西畑縁雲はこれに関与しなかつたこと、結局株式会社本田商店は株式会社形式はとつているがその実質は本田次作の個人経営と何ら変りなく、同社の営業活動はいわば本田次作の独断により行なわれるし、右営業活動の結果生じた同社の損益はそのまま本田次作個人の損益に帰着するようになつていた―いわゆる「一人会社」に当る―こと、を各認め得るものであり、他にこれに反する証拠もない(原審証人佐々木良夫、当審証人西島太郎の各証言も右認定を左右するに足りるものではない。)。

四、前述した如く控訴人は被控訴人が本田商店の取締役としてその換金投売行為を抑止しなかつたことを義務違反として損害金の請求をしているが、右請求については以上の事実から次のとおり考えられる。すなわち同会社の右換金投売行為が違法又は不当な業務執行であつたとしても、上記の如く右は同社代表取締役本田次作自身がいわば独断専行したものである―被控訴人が格別これに影響を与えたことの証明はない―ところ、右本田次作は単に同会社の代表者であるだけではなく、経済上は同会社と同一視すべき存在であること、上述したとおりである。然らば前記のようにいわゆる「一人会社」と見るべき「本田商店」が被控訴人に対し本田次作の違法不当な業務執行を抑止しなかつたことの責を問うことは、自から違法不当な行為をしながら、これを抑止しなかつた他人を責めてその損失を他人に転嫁する―いわば「顧みて他をいう」―に均しいものであり、如何にも社会的常軌・衡平にそわないものというほかなく、しよせん信義に反し許さるべきではないと考える。

そして、このことはもとより控訴人が破産者「本田商店」の破産管財人として、その管理処分権に基づき、商法第二六六条に則るものとしてなす―同法第二六六条ノ三によるものではない―本訴についても、その理を異にすべきいわれはなく、控訴人の被控訴人に対する本訴請求も信義に反し許し難いものと考える。

五、然らばその余の点につき考える迄もなく本訴請求は既に失当であるから排斥すべきであり、これと結論を同じくする原判決は相当である。よつて本件控訴は棄却することとし、民事訴訟法第三八四条第八九条第九四条第九三条第一項本文を適用して主文のとおり判決する。

(三和田大士 夏目仲次 山下薫)

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